カンピーナ自然保護区 〜 オランダに『嵐が丘』の風景? 

オランダ中央部にある Kampina (カンピーナ)自然保護区の中を、3kmほどゆっくり歩いた。
ハイクというよりも、本当に軽い散歩だ。

巨神兵の仕事関連で近くの街まで行く用事があり、そのついでに車で少し足を伸ばして行ってみたのだった。
私達がこの当時長期滞在型ホテルに住んでいた Lekkerkerk(風車の世界遺産キンデルダイクの川向かいにある村)から東南方向に100kmと少しも下るので、小さなオランダだと「あら、もうけっこうベルギー国境?」的な気分になる。

最初はにわか雨が降っていたものの、20分程度でやみそうなので、傘をさして森の中へ。

巨神兵からは車の中で「自然保護区みたいな場所で、ヒースのムーアがあって、砂地がある」と激しくざっくりとした説明を聞いたが、全くイメージがわかない。ムーアやらヒースやらという単語を聞いた瞬間に「嵐が丘か?」と連想してしまう私はリアルタイムで『ガラスの仮面』世代だ。(一応、エミリ・ブロンテの原作も読んだことはある)

森の中の道はすぐに終わり、目の前にだだっ広い草地。
昭和の山を崩して作った新興住宅団地育ちの私が小さい頃は、家の周囲に幾らでもあった空き地の規模と百倍ぐらいにした感じだ。

地面は砂地で、小さなピンク紫のつぶつぶの花をたくさんつけた草でもない、木でもないような植物が生い茂り、あちこちにピンク紫のパッチ絨毯を作っている。

今はもう時期が少し過ぎてしまったのだという。花の最盛期には、もっと一面中びっしりとピンク紫の絨毯になるらしい。

帰宅した後になってようやく巨神兵に「そう言えばあの花は何の花?」と今更なことを聞く。ググった巨神兵が「Heather」ヘザーという花だと答えた。アメリカ人女性にはこの名前は珍しくなかった記憶があるが、そもそもは花の名前だったのか。
いつもの頼れる味方ウィキペディア先生によると、ヘザーはヒースとも呼ばれる。

砂地でヘザーや細い髪のような草しか生えないような荒れ地の地形を指す言葉が「ヒース」であると同時に、そのヒースによく茂っているヘザーのことも「ヒース」と呼ぶのだそうだ。ややこしい。そして、こういう「ヒース」な地形には「ムーア」という別名がある等々、どんどんややこしさが増していく。

そうすると、実は「嵐が丘」の連想はそれほど丸ハズレではなかったのだ。

ちなみにヘザーは有史以来ずっと薬用ハーブとして愛用されており、また、良質の蜂蜜が取れる蜜源植物でもある。荒れ地という名の大地の上でも、これだけ一人何役もこなす豊かな花が茂っているなら、荒れ地イコール荒れた何も取れない場所ではない。

雨はやんで遠くに青空が見え始めるとすぐに、直射日光の熱波が目や顔の皮膚に刺さり始める。曇り空からの雨模様だったので、もちろん日焼け止めなど全く塗っていない。
黙々と巨神兵と二人歩き続けると、草原の真ん中に沼がいくつか現れた。ここは荒れ地のように見せかけて実は湿原でもあるのだった。

そして、そのヘザーの荒野と沼地を見下ろす場所に、大きな石が幾つか積み上がったモニュメントが。

案内板によると、このカンピーナ保護区の一帯はピーター・ヴァン・ティエンホーヴェンなる人物の一族の所有地だった。ピーターさんはその生涯に渡ってオランダの自然保護活動に多大なる貢献をした。

このカンピーナ一帯の風景をとても愛していた彼は、自分の父親が荒れ地を壊して植林しようとしたのを制止して自然のままの状態を保護し続けた。
後に、この場所の自然が後の世でも壊されることがないよう守り続けるために、自ら設立した自然保護財団に売却した。そして自分が死んだ時にはこの愛した場所に埋めて欲しいと遺言を残す。

つまり、この巨石の場所は、本物のピーターさんのお墓なのだった。

行きと違って帰りは森の中の小道も陽の光が木々の間から降り注ぎ、まったく雰囲気が変わっていました。