オランダには、LAW : Lange-Afstand-Wandelpaden (英訳: Long-distance hiking trails) というロングトレイルが23ルートある。
「長距離」とはどのくらいの距離以上なのかという定義は本当に人それぞれだが、『Wandelnet』によると150km以上だそうだ。
その23ルートの中でも特に有名なのは、『Piterpadピーターパッド』だろう。オランダ東部を南北に縦断するこの道をいっせいに歩くイベントが毎年開催されており、踏破のための専用のガイドブックもある。
ただ、私達の目は別のルートにひきつけられた。『Pelgrimspad』、英語で「Pilgrim’s Path」=巡礼者の道と名付けられているルートだ。これはまさに私達に歩けと言わんばかりではないか。
この「巡礼の道」トレイルの起点はアムステルダム。当時アムステルフェーンの私達の滞在先から、すぐアクセスできる場所だった。ルートはオランダを南東方向に斜めに縦断し、南の端のベルギーとの国境まで続く。
全長450kmがそれぞれ15〜20kmの27セクションに分けられ、それぞれの起点終点はだいたい公共交通機関の駅に設定されている。やはりオランダでもこういったロングトレイルは、一般のハイキング・ファンが普通の日常生活を送りながら、時間のある時に区切りでこつこつ歩くのが主流なのだろう。
『巡礼の道』というトレイル名から、はじめはオランダからスペインのサンティアゴ・デ・コンポステーラへ巡礼に行くために古くから使われていたルートかと思った。旅といえば徒歩の時代、スペインと地続きの欧州諸国の人たちにとって、サンティアゴ巡礼の起点は「自宅のドア」からだった。だから古くから利用されていた巡礼道はスペイン国境を越えて放射線状にヨーロッパの隅々まで何本も続いている。
ただ、この「LAW7 Pilgrimspad」のルートは、古来オランダの人たちがサンティアゴ・デ・コンポステーラに向かうために歩いていたルートとは重なっていないようだ。
調べてみたところ、オランダが交易や商業で世界中の海を席巻する以前の中世に、まだ小さな一つの街にすぎなかったアムステルダムで『アムステルダムの奇跡』と呼ばれるキリスト教上の奇跡が起こった。
その奇跡の発生場所には後に教会が建てられ、欧州各地から人々が巡礼に来ていたという。なるほど、このルートは「スペイン巡礼に行くための道」ではなく「アムステルダム巡礼に来るための道」なのだろうか?
ちなみに『アムステルダムの奇跡』内容は、とても一言では説明しずらい。いや、説明しようとしても、冗談にしか聞こえない自信がある。正直、その奇跡について読んだ時、私の最初の感想は「え?そっちなの?」だった。
ー 少なくとも、奇跡と聞いてまず想像するような子どもや乙女の前に大天使や聖母マリアが現出したやら、重病人が治ったやらと言った、一般的に納得できる美しい路線の話ではない…とだけ言っておこう。
ロングトレイル「Pelgrimspad」最初のセクションの終点は、アムステルフェーンだ。このつい数日前に初めて散策した広大な「Amsterdamse Bos アムステルダムの森」公園の南西角にある出口から大通りを渡ったところまでである。
そこにちょうど無料駐車場があり、私達は車をそこに駐車。配車アプリでタクシーを呼び、トレイル起点のアムステルダム中央駅に向かった。
この辺りはスキポール国際空港エリアのすぐ横でもあるので、公共交通機関でアムステルダムに行きたい場合でも、バスの路線もいくらでもあるに違いない。
この日のセクションの概要は、前半はアムステルダムの旧市街を抜け、「Vondelpark フォンデル公園」を横断。オリンピア運河沿いの水上住宅地内を抜けて、「Amsterdamse Bos アムステルダムの森」の東北角の入口から、全長2.2km幅118mの細長い長方形のボート競技用池 Bosbaanの前を横切る。
後半はひたすら「アムステルダムの森」をななめに縦断、公園中央を横断する高速道路A9の下をくぐり、更に森の中を西南角の出口に向かう。
アムステルダム旧市街地はもちろん「ザ・世界でも名だたる観光地」で、ルートはそこを抜けていく。夏の真っ盛り、バケーションシーズンたけなわの時期でもあったので、街中は相当な人混みだろうと覚悟して歩き始めた。が、実際のところは京都や東京の混雑ぶりを知っている日本人からすると、え?こんなもの?程度だった。もしかしたら私達が歩いたのは少しだけ混み始める時間よりも早かったのかもしれない。
人混みよりも遥かに怖かったのは、通りという通りの路側または並行してしっかり整備されている自転車道を、街中だろうとなんだろうとかなりの速度でビュンビュン走り回る大量の自転車だった。なんと「公園」内でも歩行者専用路以外はビュンビュンと走り回っている。
歩行者優先という言葉はどこの異世界の話かと思うほど、自転車のマナーの悪い。これはオランダ人全体が悪いのではなく、あくまでアムステルダムやロッテルダムのような大都市の市街地周辺での傾向だ。郊外の閑静な住宅街や、田舎の村であれば、自転車のマナーはとても良い。
アムステルダムでは、自転車乗りには義務付けられているはずの手信号もしない、勝手がわからずうろうろ歩く観光客にいらつく気持ちはわからないでもないが、それでも歩行者がいてもスピードはゆるめない、よけようともしないというのはいかがなものか。横断歩道を横切りたいと思った時でもしっかり左右を見回して、自転車の列の間をかいくぐっていかないといけないので、本当に神経がすり減った。
アムステルダムの街並みは美しいと人気のはずなのだが、日本人基準で見れば世界のどんな有名な「美しい」街並みだろうが、路上にはゴミが散らかりまくっている。日本に来た外国人観光客はゴミ箱がないことにショックを受けるのがお約束だが、オランダにはありとあらゆるところに、通りのどこにでも大きなゴミ箱がある。にもかかわらず、それでもなぜゴミを道にポイ捨てするのか、どういう思考と理論でそういう行動になるのかが不思議で不思議でならない。
実はオランダに来てアムステルダムに来るのはこれが初めてだったが、今日は観光が目的ではない。狭い道に多くの人が歩くのをすり抜けていくのに気ばかり疲れ、アムステルダム市街地を歩く区間はあまり立ち止まらずひたすら黙々と足を進めた。
市民の憩いの場 Vondelpark フォンデル公園では、人々が木陰のベンチや芝生の上と、あちこちでのんびりくつろいでいた。こころ和む光景であるはずなのに、くつろぐ人たちの喫煙率がすさまじい。
オランダの喫煙マナーは最近の日本の喫煙環境に比べると遥かにゆるいに違いない。(私達は2人とも喫煙も飲酒もしないので、そこら辺の日本の実情はよく知らない)
とにかく喫煙者全体的に「屋内でなければ、吸っても他人に迷惑かけてないよね」的メンタリティーを感じる。屋外であれば、真横に人がいようと「屋内ではない」のだ。副流煙って言葉は知らないのだろうか?
公園の歩道脇のベンチもほぼスパスパで占められ、しかも半数の煙からは明らかにタバコではないニオイがるす。アメリカにいた時もたまにどこからかふっと流れてきたニオイ、大麻の臭いだろう。ここオランダでは合法なそれが、数mおきにずらりと並ぶ真ん中の道を、煙に包まれながら歩いて通り過ぎて行かざるを得ないのは非常に迷惑だ。
生まれてこの方50年飲酒も喫煙も一切してない身体にそんな空気を無理矢理吸引させられ、すぐに妙な頭痛がやってくる。この道のりが、市街地の人混みや乱暴自転車よりも一番つらかった。
フォンデル公園を入った反対側の出口から出たあとはしばらく普通の住宅街の通りを延々と進む。オリンピアの水上住宅地の中で、初めて赤と白のオランダ・ロングトレイルの標識のステッカーを発見。Pelgrimpadと表記してある。ただ、道はすぐに高速道路周囲の工事で通行止めになっていて、大きく回り道しなくてはならなかった。
「アムステルダムの森」公園内に入ったところで、Bos Baan池の前のカフェで遅い昼食をとった。
園内でようやくぐっと静かになり、木々の間を抜けていく小路でも犬といっしょに散歩する人たちと時折すれ違う程度だ。犬たちは引綱無しで自由に歩いていることが多く、総じてとてもしつけが良い。他人や他の犬に絶対に吠えたりじゃれついたりせず、道からそれてどこかに行ってしまうこともない。
森の真ん中に突然、短いながらも「上り坂」が出現し、おお!と驚いてしまう。ひたすら平たい国オランダでは「標高」というものがこの世に存在することを忘れてしまいそうになる。小さな丘の一番高い部分では一応なりとも「見晴らし」があり、ちょっと感動してしまう。
もちろん、ここは自然にできた丘ではない。背後の広場の案内板によると、世界恐慌の前後に失業者への支援として彼等にこの公園の土木作業をさせたらしい。この丘全体が、彼等が手作業で土を盛った成果だった。
A9高速道路の下をくぐり、南側は先日ぐるりと歩き回ったエリアだ。
天気も良くオランダにしては妙に日差しが眩しい日で、気温も少し高め(とは言え、30℃には遥かに遠い)だった。それでも、「巡礼の道」トレイル第1セクションのルート沿い8割は公園や街路樹の木陰または建物の間の路地で日陰で、予想以上に気持ち良く歩くことができた。
ただし、この「アムステルダムの森」の南エリアの最後の方で少しの間だが日差しを遮るものがなにもない草地の中を歩くルートになり、ちょうど西日がきつい時だったので、この時だけははっきり「暑い」と感じた。まぁそれは仕方がない。
オランダ国内しかも街中を長距離歩く場合、実は一番心配していたのはトイレ問題だった。とにかく公衆トイレもなければ、気軽にお手洗いが使える店やコンビニももちろん無い。もよおした場合はカフェにでも入って何かコーヒーでも頼まざるを得ないのが欧州でのトイレ事情。人種や文化は違えども同じ人間、生理現象である尿意は共通のはずなのに、このトイレの不便さを皆がどう乗り切っているのかが不思議でたまらない。それとも、やはり違いがあって日本人よりも水分が尿になるまで時間がかかるとかあるのだろうか?…とまじめに疑問に思うほどトイレが無いのだ。
ただ今日は幸いにしてランチのレストランでトイレに行った以外は、トイレの用事を感じなかった。乾燥していて気温も高めだったので、歩いている間にきっと汗をかいてすぐに蒸発してしまったのだろう。
この「カラッとしている」というところはオランダの夏の良いところだ。
ルート地図などは、YAMAPへの投稿で。