Covorden コーフォーデンを訪ねた翌日、予定通りハイキングのためにオランダ最大規模の国立公園 Het Nationale Park De Hoge Veluwe デ・ホーへ・フェルウェ国立公園へ向かった。
前夜宿泊していた Emmen のホテルからは南西に130km弱、車で1時間半程度走り、広大な敷地の周囲に3箇所あるゲートのうち、Hoenderloo 村にあるゲート&駐車場に到着した。
デ・ホーへ・フェルウェがオランダの国立公園の中では2番目に古く、大きさは5500ヘクタールもある。新宿御苑の約100倍らしい。徳島県民にしかわからないが(いや、県民ですらわからないかも)、勝浦町の山林含めて全体より少し小さい程度の大きさだ。
国立公園なので敷地周辺にはフェンスや網が張られており、入るには入場料・大人1人€13.05プラス駐車場€4.65を払う。開園時間も決まっており、日照時間の長い8月は夜の9時まで、ピーク時の6〜7月は夜10時までだが、日が短い冬は夕方6時には閉まってしまう。
この広大な土地全てがかつては個人の所有物だったというから驚きだ。20世紀初頭の実業家・クレラー&ミュラー夫妻とその家族が狩りを楽しむための場所だった。
夫妻は美術品収集にも大変熱心で、彼等が集めた収集作品はを展示している美術館が園内中心部にあるクレラー・ミュラー(Kröller-Müllers)美術館である。この美術館はゴッホの作品の収蔵数ではアムステルダムのゴッホ美術館に次いで2番目の多いことで美術ファンの間ではよく知られた存在だが、なにしろアムステルダムから公共交通機関で来るにはあまりに遠いため短期滞在の旅行者が来るにはなかなかにハードルが高い。
今回は私達の目的は公園内のハイキングなので、美術館訪問はまたの機会に取っておこう。
公園内の北側3分の1のエリアをぐるっと周回するハイキングコースは約20km。オランダでのハイキングは高低差をまったく考慮に入れる必要がないので、4〜5時間もあれば歩けるだろう。
ちょうど正午に到着したゲートは閑散としており、駐車場もガラガラだった。
園内に入ってすぐはしばらく広い舗装道路の並木道沿いの歩道を歩く。ゲート内すぐの所に無料のレンタル自転車が何百台と置かれている。手続きも料金も不要、好きな自転車をラックから取って乗れば良いだけのようだ。ここのゲートではレンタル自転車はいずれも一般的な普通の自転車だが、案内所や資料館、レストランなどが集まっているメインゲートのレンタル自転車置き場であれば、2人乗りや子ども連れ用などもっと様々な自転車があり、なんと車椅子の人をそのまま乗せられる仕様の自転車まであるらしい。
来園者の大部分は自前もしくはこれらのレンタル自転車に乗って広大な園内を気持ちよさそうに走り回っているようで、私達のようにハイキング姿で歩いている人とはこの日最初から最後までついぞすれ違ったり見かけたりすることはなかった。
では、ハイキングには不向きなのかと言うとそんなことはなく、自転車道とは完全に別れた歩行者専用の未舗装または自然道のトレイルが網の目の様にめぐらされており、自転車の行き来を気にすることなく森や草原の中を歩けるのだ。
程なくして並木道からは外れ、公園内の見どころでもあるどこまでも広い大平原の中に入っていった。今まさに花盛りのヒースがあちこちで赤紫色の絨毯を広げ、頭上には遮るものも何も無い青い空が果てなく広がっている。どこでも当たり前のように地平線が見える国、それがオランダ。
ここでも(むしろどこでも)地面はすべて海の砂浜のようなさらさらの砂だ。道は草も何も無いむき出しの深い砂地なので、ただ歩いていても運動部がわざと砂浜で走ってトレーニングしているのと同じ状態なので異様に足にきつく疲れる。もう既に「あれ?気楽なハイキングのつもりが…」と何か予想外の方向に進んでいる予感たっぷりだった。
今回のコースの東半分側にはそれでもヒースの平原の合間にところどころ樹林帯がある。木々は広葉樹で大部分はありとあらゆる種類のドングリの木のようだ。森の中では木々の下の地面の多くが苔で覆われている。夏なので乾いているが、秋以降の湿った季節ではさぞかし見事な水々しいモフモフの園になる可能性を大いに感じる。ぜひ朝方の靄が経つような頃に来て愛でてみたい。
広大な園内には、鹿や大型のヤギ、イノシシなどが生息しているらしい。元の所有者クレラー&ミュラー夫妻がハンティングのために園内に放ち増やした動物たちが野生化しその後も世代を継いで生き続けているのだ。公園の見どころの一つはアニマル・ウォッチングなのだが、実は最近その動物たちの数が激減したらしい。
原因は、オオカミ。
なんと、この公園内のどこかにオオカミまでいるのだ。ただし、彼らは他の草食獣のように元の所有者夫妻が放ったわけでも、その前からずっとこの場所に生息していたわけではなく、近年何者かにこっそり連れてこられて放たれた結果だった。
日本でも増えすぎた鹿や猪による害が年々急速にひどくなる一方だが、一部で耳にする「害獣対策なら、狼を山に放て」という意見を、オランダでは既に環境活動家だか自然派だかが本当に実行してしまったのだ。
結果として、目の前にいる草食動物を分け隔てなく「食べ物」とみなす、ある意味とても平等主義な肉食獣・オオカミたちは、害獣のみならず園内で保護されている貴重な鹿や野生ヤギをどんどんと襲った。
それだけにとどまらず公園近隣の牧場の家畜であるヒツジや子牛達もどんどん襲い始めた。周囲が出入りできないようにがっちりフェンスや網で固められている国立公園であるのに、なぜ外へ出たのか?— あろうことかオオカミ推進派の人間がフェンスにわざわざ穴を開けるらしい。生活の糧である家畜を襲われる農家さんたちの被害は年々大きくなるばかり…
本来そこにはもう生息していないものを、いや100年200年前はいたのだからと無理やり持ち込んでも、今この時代では環境も社会も生活も周囲の何もかもが変わってしまっているのだ。なぜ上手くいくと思えるのか?浅慮から生まれたやっかいな結果だけが、現在進行系で残り拡大し続けている。
私達の歩くルート沿いにも野生動物観察用の小屋があり、試しに入ってみた。予想通り、壁ののぞき窓の向こうに何の動物もいる様子はない。生息数が減少している上にこんなお日様ギラギラのまっ昼間に歩き回っている野生動物はいないのは当然だろう。
ただ、私達は日本では徳島県某所、鹿やらイノシシ、キジやらと日常で普通に遭遇できる場所住みなので、ここで野生動物に遭遇できなくても特に残念ではなかったりする。
森の中を歩く間はとても気持ちが良いのだが、森の木陰から出て砂地の草原歩きとなると状況は一変する。この日は夏の太陽の光がことさらに強い日だった。そもそも歩き始めたのも午後の、これから夕方にかけて一番暑くなっていく時間帯だった。
入ってきたゲート周辺には何も売店がなかったため(いい加減学ぼう、私)水を持たずに歩き出すという愚を犯していた私達は、ヒースの草原を横切っていた辺りで既に「まずい」とドキドキし始めていた。幸い予定のコース3分の1を過ぎた辺りで中央ゲートのビジターセンター・エリアに到着し、売店もカフェも営業中なのを見つけて胸をなでおろした。
昼時も過ぎて空いているカフェに入り、外座席のなるべく日陰の多いテーブルを選んだ。どこでも入ってすぐに飲み物の注文が来るが、もちろん今回は迷うことなく冷たいドリンクだ。
お腹は空いているが、暑すぎてサンドイッチやハンバーガーなどの固形物を食べる気にならず、デザートのメニューを眺める。チョコレートケーキとかパイとか、だからなぜどれもこれも重いのだろう。ああ、ざるそばとかそうめんとか「あっさり」フードが恋しい。
とにかく一番あっさりとしていたイチゴのアイスクリーム盛りを頼んだ。とてもかわいらしい盛り付けで、イチゴとフレッシュバジルという考えたこともなかった組み合わせが美味しいと新発見。ここまでの行程でもケロリとしている巨神兵は、オランダ式パンケーキ、しかもチーズとベーコンたっぷり、でしっかりとエネルギーを補給していた。
カフェの横のビジターセンターショップは美術館や博物館のショップのようなおみやげ物がメインだったが片隅には冷たいペットボトル飲料の冷蔵庫もささやかに置いてあり、安堵する。今度こそ水やお茶を数本購入し、中央ゲートエリアを出発した。ここからは園内西側エリアとなる。
西側エリアは、どこもかしこもひたすら砂地ばかりだ。申し訳程度にたまに立っている木も、松かそのお仲間ばかりで、まるでバンカーしかないカラカラに乾いたゴルフ場を歩いているようだ。そんなわけで周囲は申し訳ないながら殺風景、錯覚かもしれないが砂地も更に深くなったかのようで、足取りはどんどん重くなる。時刻はまさに一日で最も気温が上昇する頃で、遮るものない日差しも更に強まり容赦なく照りつけてくる。地面の砂が白いだけに照り返しも加わり、全方向からジリジリと焼き付けるようだった。
水分をたっぷり補給・携行していたから良いものの、ここに水なしで踏み込んだら行倒れの危険もあったかもしれない。
2人ともすっかり周りの風景に飽きてしまい、無言でひたすら足だけを前に運ぶ。ようやく西側エリアを半周し終え、公園の中心部に再び近づくと木々が増えてルートは針葉樹の森に入っていった。
公園中心部、中央ゲートとは反対側の場所に出ると前方に大きな池があり、人々がくつろいでいた。
池に面して、中央に高い塔がそびえる左右対称の豪邸が立っている。ここは公園の敷地のかつての所有者である実業家夫妻の邸宅だった建物、Jachthuis Sint Hubertus(英 Hunting Lodge Saint Hubert)だ。
これが普通の家の様式か?と思う程ユニークな建築の邸宅だが、そこはさすが大の美術愛好家だった夫妻、自邸もちゃんと「芸術品」であるように隅々までこだわって特注で建築させたという。
ガイドツアーで内部も見学できるようだが、ツアーは予約必須であり、時刻ももう夕方5時近い。
幸い邸宅の横のこじんまりとした軽食スタンドはまだやっていた。「冷えた飲み物とアイスしかないけど」と申し訳無さそうに言われたが、いや、むしろそれが欲しいもの全てだ。コーラ味のアイスキャンデーとオレンソーダを乾いた熱い身体に注ぎ込む。ああ、五臓六腑に染み渡る… オレンジソーダをもう1本飲んだ。
ハイキングの行程残り4分の1は再び東側エリアだ。周囲の植生が松や針葉樹から樫などの広葉樹林に一変し、気温が軽く5度は下がった気がする。心なしか空気まで清々しくなったようだ。落葉樹と苔のパラダイスばんざい。
足取り軽く意気揚々ともと来たゲートの方へ向かい、本日のハイキングもそろそろ終わろうとする時、樫の巨木の並木道を歩いていた私達の遠く前方右手からひょっこり何気なく何かが出てきた。
私達と同じ道に立っているのは、小さな鹿だった。
体や角の形状からして、オランダ語でRee、英語ではRoe Deer、日本語ではノロジカと呼ばれる鹿のようだ。
突然の遭遇に驚きつつも静かに足を止め、息を殺して見守る私達の前方を、小さなノロジカはこちらに気づいているのかいないのか、まったく自然な様子でトコトコと道を横切り左手の茂みに消えていった。
最後の最後で嬉しいサプライズを、ありがとう。
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