みちのく潮風トレイル 5 – 名取市

昨夜泊まった「ルートインホテル名取 」は、仙台国際空港前駅からわずか2駅。仙台空港はなぜか空港の周囲に宿がないが、この電車のおかげで名取市街地や仙台へすぐにアクセスできるからだろう。

杜せきのした駅という不思議な名前の駅の斜め前にホテルはあった。この駅はイオンモールにも直結している。全国どこにでもあるイオンモールはどこに行っても同じな変わりに、どこに行っても見知ったもの、普段使うものはだいたい入手できるという安心感がある。探し回ったりしなくて良いのは、疲れて少しでも体力を回復させたい身にはありがたい。それにしてもこの名取のイオンは、今まで見た数々のイオンの中でも最大規模だと思う。

夕食後、ホテルの大浴場にしっかりつかってなんとか回復を試みたものの、灼熱のコンクリートの道を歩き回った足はまだずきずきと痛さが取れない。

そんなところにちょうどよく部屋のデスクの上にはマッサージのチラシが置いてあったりするのだから、その誘惑に勝てるはずもなかった。すぐさまフロントにコールして今夜これからマッサージを受けられるか聞いてみた。

なんとマッサージ師さんは10分もしないうちに私たちの部屋に来てくれた。驚異のスピード。

ダブルの部屋なので、もちろんベッドはダブルサイズ一つだ。ベッドの右側に横たわってマッサージを受けている私の横で、巨神兵はベッドの左側半分でヘッドボードにもたれかかりながら何ら気にすることなく仕事(IT関連)に没頭していた。

マッサージ師さんに、神業の到着速度の秘密を聞いてみると、仕事の日はいつも夜はこの地域にいて車の中に待機しているという。ルートイン以外にも数件のビジホがあるので、いつでも呼び出しオッケー、ビジネスチャンスは逃さない、すばらしい。

仙台空港から、本日のハイク開始

一夜明けて今朝、カーテンを開けると空がなぜかみごとに真っ白だった。昨日の雲一つない青空からの真逆、単に曇っているというよりも空に濃い靄がかかっているようだ。
気温もずっとひんやりしているように感じるが、今日のルートは、海岸線に沿って、これまた一日中、だだっぴろいまっ平らな大地を歩くはずなので、灼熱でないのはむしろありがたかった。

「ルートインホテル名取」から空港までの無料シャトルバスがあった。電車で空港に戻る代わりに、時間とお金と体力の温存のために心置きなく利用させてもらった。
空港にバスが到着後、中のコンビニで行動食を買い、みごとにひっそりと静かな空港内を少し歩き回った。

どうやら宮城県の海岸沿いは、サイクリングや自転車旅を推進しようとしているらしい。ここ数日歩いているルートは自転車専用道も多く、いずれもきれいに整備され、休憩場所には新しい自転車ラックも設置してあった。今日だって、これから歩くルートのかなりの部分がひたすら長いサイクリングロードのはずだ。極めつけには空港内に、飛行機で自分の自転車を持ってくる人のために、自転車運搬用のバッグや箱が保管できる特大コインロッカー “Locker for Cyclists “まであった。

いよいよ空港を出発し、ハイク再開。何もない空き地の真ん中を走る道を歩き始めた。ほどなく、葉もの野菜を育てているらしいハウスがいくつか並んでいる農地を通り過ぎ、おそらく田んぼの準備をしている最中か、耕されたばかりの黒褐色の土しかない農地の横を歩き続けた。

ここ数日間、ただただ真っ平らで特に変哲のない大地をひたすら歩き続けたので、同じようなものをなんとか変化をつけて描写したいと思っても、もう語彙や表現力が尽きてきた。なんとかポジティブ考えようとする気力もなくなってきた気がする…
もちろん季節がちょうど悪いのはわかっている。例えばこの広大な大地が一面、初夏の風にそよぐみずみずしい緑の稲だったり、秋の黄金色に輝く稲穂の絨毯だったりすれば、気分はまったく違うはずだ。同時にそういう美しい季節は、上からのさんさん太陽と下から反射の灼熱に炙り続けられる状況になる確率高し。退屈だけどまだ気温が低くて快適なのと、美しいけどむちゃくちゃ暑いのと、どっちを取るかというとても難しい選択問題だ。

みちのく潮風トレイル名取トレイルセンター、そして閖上地区

2時間ほど歩くと、名取川と広浦湾を結ぶ貞山運河を渡った。そこからはみちのく潮風トレイル名取トレイルセンター はもう目と鼻の先に見えている。

引き潮の広浦

ただし、残念なことに今日火曜日は名取センターの定休日。
しかも最近届いたニュースレターによると、宮城県が独自の非常事態宣言を出し、3月31日から4月11日まで図書館や公民館など一般が出入りできる公共サービスは臨時休業中だった。みちのく潮風トレイルはれっきとした環境省長距離自然歩道、名取トレイルセンターや他の地域にある支所だって立派な公共施設である。だから閉めざるを得ない。

定期と臨時のダブルパンチ閉館で、私たちは今回名取トレイルセンターには立ち寄れない。11日まで近傍地域でモタモタしている訳にもいかないので、いっそ八戸に到達してスルーハイクを終えた後、四国に戻る途上でなんとかしてまた来よう。

みちのく潮風トレイル名取トレイルセンター

中に入ることはできないとしても、とりあえず建物の周囲をうろついて、窓ごしに中を除いたり外にある設備を見て回った(完全に不審者)。この時キャンプ場に良さそうだと思ったきれいな芝生の庭は、その後順調に整備されて2023年時点では本当にハイカー用キャンプ場になっている。後で知ったのだが、たとえ定休日の火曜日でもオフィスにはトレイルセンターのスタッフの誰かが出勤しているそうだ。なので火曜日しか都合が絶対につかない!という場合は、事前に連絡すれば、スタッフさんに外に出てきてもらって話をしたり用事を済ませる事はできるらしい。

トレイルセンターのすぐ裏手、運河沿いにあるのは「ゆりあげ港朝市」だ。
朝市という名の通り、ほぼ昼近いその時間には市場全体がひっそりとしていてほとんどの店は閉まっているようだ。ただトレイルセンターから一番近い「メイプル館」には明かりがついていて、小さなフードコートと土産物屋があった。土産物店の壁の写真パネルで、震災前はこの閖上地区には多くの家屋が建ち並び、活気に満ちていた当時の姿を見ることができた。

メイプル館内のフードコート

フードコートに入っているお店はどれもとてもそそられたが、ここまでの歩きではホテルの無料朝食をまだ消化しきれておらず、がっつりと食べるのは無理そうだ。
食事屋さんと並んでコーヒーショップも入っていたので、私は注文してからその場で淹れてくれたおいしいコーヒーを、巨神兵は大好物のクリームプリンと定番のコーラを買い、屋外のウッドデッキの席でゆっくりと楽しんだ。

広浦のこちら側はとても静かだったが、反対側の海側にある『名取サイクルスポーツセンター』の周りでは、ランナーやサイクリング、子供たちの小さな影が動いているのが見えた。ご多分にもれずスポーツセンターの屋内は臨時休業中だったので、宿計画をたてた時にもここは残念ながら選択肢にならなかった。2023年末現在はもちろん改装されて再オープンし、レストランや美しいオーシャンビューの内風呂外風呂温泉があるとても良い宿で人気があるようだ。

名取サイクルスポーツセンター

ゆりあげ港朝市を過ぎると、みちのく潮風トレイルのルートは名取川に沿って内陸に向かっていく。川を渡るために河口に一番近い橋、閖上大橋まで行かなくてはならないからだ。途上、大きな新しいマンションが幾つもある、住宅街を抜けていく。この地域以外にもルート沿いの地域でよく見かけたのは、新しい高層住宅では外階段の代わりに幅広のゆるやかなスロープがついていることだった。マンションの住民だけでなく近所の人々が緊急時にはすぐに屋上に駆け上がって避難できるようになっている。また、マンション同士の高層階が渡り廊下で繋がっていたりして、低層階が水没しても孤立しない造りになっているのもよく見かけた。

閖上大橋の手前で、ルートは県道10号に接続。幹線道路なので交通量はすこぶる多い。角には大きなショッピングセンターがあり、スーパーやドラッグストア、100円ショップがあったので立ち寄った。なにしろここを過ぎてしまうと、また10km近く店も何もない一直線自転車道なのだ。非常用のスナックを少し補給しておこう。

橋の歩道は私達がいるのとは反対側にしかないため、ショッピングセンター脇の階段を河岸に降り、橋の下をくぐって向こう側に出なくてはならない。
閖上大橋上、交通量が多い

相馬を出発して以来ここまで、主要河川のたびに市町村境を越えた気がするが、名取川だって例外ではない。交通量が多い割には狭い歩道の橋を渡っている間に名取市から、東北地方最大都市・仙台市に入った。
大都会仙台だというのに、私達の視界には橋の向こうに広がるまっ平な大地しかなく、足取りは既に重い。いいかげん標高差が欲しい。

トレイル公式マップ上では、橋を渡り終えた後はいきなり県道10号を横切れ!となっていたが、べつに歩道側からまた河原に下りてまた橋の下をくぐれば良いだけだった。地図上ではルートは土手の上の細い道路だったが、今いる河原の未舗装道はそのまま河口手前まで伸びているようだ。面倒くさいのでそのままここを歩こう。

貞山運河沿いの仙台亘理自転車道を歩く

名取トレイルセンターやゆりあげ港朝市の横を流れていた貞山運河は、名取川からこちら側にも伸びていて、海岸線のすぐ内側を平行に走っている。みちのく潮風トレイルはここからは運河沿いに整備された仙台亘理自転車道上がルートだ。

運河の両側がかつてどのような景色だったのか、今はもう想像もできない。河口付近の看板にはこの付近の津波の高さは、9.3mに達したと書かれている。ひょろりとした松がたった一本、運河の傍らに立っている。再建されたばかりに見える新しい神社の横も通り過ぎた。
時々数本のひょろひょろとした松の木がある以外は、どこもかしこもまるで標高差が感じられない、真っ平な大地。自転車道の両側は、湿地帯にススキの絨毯が広がっているか、防風柵でいくつも区切られた盛り土の上で松の若木が並んでいる。10年後ぐらいにまた来れば立派な松林になっているだろうか。

仙台亘理自転車道はひたすら感動的に直線だった。とにかくまっすぐだった。
きれいなアスファルト舗装道路で、車はもちろん進入禁止。青空と爽やかな海風に吹かれてサイクリングならば、ぐんぐんペダルがこげてとても気持ちよさそうだ。

道路沿いには、おなじみの避難用の人口丘が定期的に並んでいる。丘の向こう側には、公園があってトイレや自販機もあるのが見えたが、いずれも私達が歩いている丘のこちら側から真反対側の幹線道路側にあるので遠くていちいち立ち寄るのも面倒くさい。今日はずっと涼しいので喉も渇かず、休憩もいらなかったので、わざわざ丘を上り下りせず、さっさと先に歩き続けた。正直とにかく早く今日のゴールに着いてくれという気分だった。

ダウンロード (仙台市公園緑地協会)

半壊の橋を通り過ぎた後、仙台市立荒浜小学校が遠目に見えた。離れたここからのぱっと見では校舎の外観にはなんの変哲も見当たらないが、この距離では内部の状態はもちろんわからない。あそこまでわざわざ行く気力はなかったので、自転車道すぐ脇にあった全壊した住宅の基礎のようなものが幾つか残っている区画の方を見ることにした。通路に沿っていくつかあった案内板によると、目の前の地面が削り取られたように窪んでいるのは、津波のパワーによるものだという。

仙台市立荒浜小学校
荒浜地区の破壊された住宅基礎
津波に削り取られた地面

いくつか見物するものがあったものの、残り9割の時間はひたすら単調な風景を歩く。退屈さもここに極まれる、今日がマックスだなと思えた。しかも足裏は昨日よりもさらに痛む。

荒浜地区の遺構や小学校跡があったのは自転車道のようやく中間地点という辺りで、この後5km近くはただただ何もない荒野を無の境地出歩き続けるだけだった。

ようやく、運河の両側に巨大なボックス型の工場かなにかの建物が見えてくると心のなかで歓喜のファンファーレが鳴り響いた気がした。

あの工場の向こうで自転車道は七北田川にぶつかり、左に直角に曲がって高砂橋に到達すれば、ようやくこれで退屈極まる自転車道歩きも終わりなのだった。

仙台港エリアに到着

橋の向こうには、仙台港周辺の巨大なコンビナートや倉庫群が見える。巨大トラックの通行ががぜん増えた広い道に沿って、今日の予定ルートの残りを歩き終えた。
計画上では22kmのはずだったのに、なぜ26kmも歩いたことになっているのだろう。今日は他の日に比べたら寄り道だってしていないのに。計測上のマジックはさておき、とにかく足と股関節が悲鳴を上げているのは確かだった。

七北田川を渡る高砂橋

予定通り補給箱は無事到着済みで、チェックイン時にフロントで引き取ることができた。発送時に予想していた通り、安くて薄いダンボール箱には小さな穴や傷がもうできている。仕方がない。中身は全く無傷なので、想定内だ。幸いホテルのすぐ隣には大きなホームセンターがあるので、書類保管用の白くてぶ厚いしっかりとしたダンボール箱に買い直した。さすがと言うか、この頑丈版ダンボールはその後の幾度もの開け閉め、発送・配達を無傷でくぐり抜け、スルーハイク・ゴールまでの残り45日間を生き延びたのだった。

スタート以来まだ5日間とはいえ、既にバックパックの内容品の中に「これはいらないな」というものが少しあった。今後も使う可能性は限りなくゼロに近かったので、補給箱行き決定。少しでも重さは削りに削り倒す姿勢。なにせ我々は普通のULならありえないノートパソコン(巨神兵)やらiPad(私)やらを持ち運んでいるのだ。この先当分はなんとかテント泊は避け続けられそうなので、キャンプ用品も今回は箱に入れたままだ。(私達はそれ以外の選択が絶対に無い時以外は、とことんテント泊はしない!という、非常に稀有なロングトレイルハイカーである)整理整頓を終え、箱たちは翌朝ホテルのフロントから次のポイントへと発送されたのだった。

大きなお風呂とサウナで有名なドーミーイングループの中でも、「ドーミーインEXPRESS仙台シーサイド」は別棟のスーパー温泉が併設されている。マッサージルームの受付のお姉さんと目が合うと、またしても誘惑に勝てなかった。2日連続だろうがなんだろうが、体が癒やしを求めている。今回は巨神兵もいっしょに二人で80分のボディマッサージとフットマッサージの夜、だった。

併設のスーパー銭湯内、コミック充実し過ぎの休憩所

みちのく潮風トレイルスルーハイク:2021年3月後半〜5月前半

みちのく潮風トレイル 5

スタート仙台空港ゴール仙台港
歩行距離 26.4km活動時間 7h 23m
累積標高 (増/減) 14m/15m最高地点/最低地点    4m / 1m

宿泊情報

ドーミーインExpress仙台シーサイド

Official Website
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